日本語のおもしろさ ー 自・他動詞
まず、こちらの写真をみてください。
コンビニの店先のポスターですが、 「さんま 焼けました。」と書いてあります。
「さんま(秋刀魚)」は、日本の秋になくてはならない味覚で、焼いて大根おろしと醤油で食べるのが一番。
店では、焼いた「さんま」を売っているわけですが、さて、このポスターのおもしろさは?
「焼きました」ではなく「焼けました」
このポスターでは、助詞の(が)(を)が省略されているために、「さんま」が目に強く飛び込んできます。それはそれでうまいキャッチフレーズだと思いますが、問題は、なぜ「焼きました」ではなくて、「焼けました」なのでしょうか?
A:さんま(が)焼けました
B:さんま(を)焼きました
Aの「焼けました」は「焼ける」が自動詞であるために、なんとなく「いつのまにか自然にできた」感じがします。それに対してBの「焼きました」は、「焼く」が他動詞なので、「誰かが目的があってやった」ように感じられます。(以下、他動詞は青色で示します。)
もし、「さんま 焼きました」とあったなら、見た人は、なんだか「ワタシがアナタのために焼いた」と、少し押しつけがましく(無理に勧めるように)感じるのではないでしょうか? その点、Aは「焼けました」とさりげなく(自然に)、お客は焼きたてのホヤホヤ感まで感じられて、買いたくなるでしょう。これがこのキャッチフレーズのうまさだと思うのです。
「できた」と「つくった」
お母さんがご飯を作ってくれています。
「さあ、みんな、ご飯ができたよ」といわれれば、家族みんな喜んで食卓に向かうでしょう。それに対して「さあ、ご飯作ったよ」といわれたら、なんだかあまりおいしそうに思えません。それは「私が作った」というイメージが強くなって、恩着せがましく感じるからでしょう。「できた(自動詞)」と「つくった(他動詞)」には、これほどの語感の違いがあるわけです。
自動詞と他動詞の使い分け
少し大人の話をしましょう。
「できちゃった婚」という言葉を聞いたことがありますか? おなかに赤ちゃんができてしまったので、急いで結婚することをいう日本語ですが、この「できちゃった」は、「できた」と自動詞であるだけでなく、失敗を意味する「~ちゃった」がついているために、「作る意思がないのに」というイメージがより強くなっています。
自動詞では、このように意図が感じられない、自然にそうなった、というイメージが強く、場合によっては無責任に感じられるのに対して、他動詞では行為の主体、目的、意図を強く感じさせるのです。
子どもたちが野球をやっていて、ボールが飛んで近くの家の窓ガラスが割れたとします。子どもたちは「ガラスが割れた」といい、その家の人は「子どもたちがガラスを割った」と主張するでしょう。
日本では、電車に乗ると、車掌が「ご注意ください。ドアがしまります」「電車が動きます」といいます。実際には車掌がドアをしめる、運転手が電車を動かすのに、ドアが自動的にしまり、電車が勝手に動くかのようにいいます。火事の場合でも「家が焼けた」などと、まるで雨が降ったという自然現象と同じように自動詞が使われています。
このように日本人が生活の中で自動詞を使うことが多いのは、自分の考えを強く主張するのではなく、婉曲に、柔らかく表現することを好む傾向にあるからでしょう。他動詞を使うとその行為をした人の意思や責任を際立たせる強い主張になるのです。
子ども「あ、ミルクがこぼれちゃった」 母親「こぼしたんでしょう!」
子ども「服が汚れちゃった」 母親「Cちゃんが汚したんでしょう!」
自動詞がこのように無責任な感じがあるのに対して、相手の責任を問うときには必ず他動詞になるでしょう。「被害者は死んだのではない、あなたが殺したのだ」と。
「~て形」(動詞+て)の文型
自動詞と他動詞の意味の違いを、今度は、いわゆる「~て形」(動詞+て)の文型の中で考えてみましょう。
「~てある」 :意図的にある行為をしたままの状態にしてある、という意味なので、基本的に他動詞が使われ、自動詞は特殊
・ドアのカギは開けてありますよ(だれでも入れるように)
・引き出しにピストルがしまってある(万一に備えて)
「~ておく」:意図的にある行為をして準備・処理する、という意味なので、基本的に他動詞が使われ、自動詞は特殊。
・ご飯をたべておく(お昼に時間がないから)
・水を飲まないでおく(夜中にトイレに行きたくなるから)
「~ている」:現在の状態を説明するものなので、自動詞が使われます。他動詞だと、現在進行中、あるいは習慣や職業を表すことになります。
・木の枝が折れている(状態)
・木の枝を折っている(進行中)
・窓ガラスが割れている(状態)
・窓ガラスを割っている(進行中)
・毎週ゴルフをしている(習慣)
・学校で英語を教えている(職業)
「~てくる」:自動詞だと次第にある状態になることを意味し、他動詞だと、その行為をした後に「来る」という感じが強くなります。
・雨が降ってきた
・傘を持ってきた(傘を携帯して来た)
・暖かくなってきた
・暖かくしてきた(暖かい状態にしてから来た)
「動詞+て」の形で使われるのを見ると、自動詞の場合は、自然にそうなった、あるいはある状態を表す時に使われ、他動詞は行為をした人の意思・意図、目的を強く感じさせることがよく分かるでしょう。
語尾で他動詞と自動詞に変化する動詞
動詞の中には、語尾を変化させることで、他動詞と自動詞になるものがあります。そのようなペアの動詞がたくさん見られるのも、日本語の大きな特徴といえるでしょう。以下はその一例です。
(ドア)を開(あ)ける ― が開く
(ドア)を閉める ― が閉まる
(電灯)をつける ― がつく
(火)を消(け)す ― が消える
(服)を掛(か)ける ― が掛かる
(椅子)を並(なら)べる ― が並ぶ
(予定)を決(き)める ― が決まる
(予定)を変(か)える ― が変わる
(服)を乾(かわ)かす ― が乾く
(石)を落(お)とす ― が落ちる
他動詞と自動詞の難しさ
学習者の母語によっては、自動詞・他動詞の区別があまり明確でないことがあります。また英語など自・他動詞がはっきりした外国語を勉強した経験のない人もいます。そうした場合、自分だけで学習していると、他動詞・自動詞の形の違いや、意味・ニュアンスの違いに気がつかないケースが見られます。
TCJでは、先生が明確に指摘・指導してくれますので、意識して学習できるようになります。自動詞・他動詞をしっかり勉強することは、日本語上達の近道なのです。