日本の伝統文化「武道」から来る日常の言葉

パリ・オリンピックや、エミー賞を受賞したドラマ「SHOGUN」などでいま、日本の武道が注目を集めています。それは力による粗暴な闘争ではなく、礼儀作法や絶えざる鍛錬に裏付けられた深い精神性を備えたものだからです。

今回は、長く日本人に愛されてきた武道の言葉で日常よく使われる日本語になったものを紹介しましょう。

 

日本刀にまつわる表現

鎬(しのぎ)を削る

日本刀の刀身は、鋼(はがね)で作られた鋭利な刃と、その刃を補強するために柔軟な鉄で覆った部分からできていて、その二つが接して高くなっているところが「鎬(しのぎ)」(図参照)です。その鎬が擦(す)れ合って削れるほどに、互いに激しい闘いをすることを、「鎬を削る」といいます。

例:多くの候補者が鎬を削って戦った選挙も終わった。

 

鍔(つば)ぜり合い

「鍔(つば)」は、刀をにぎるための柄(つか)と刀身の間にある丸くて厚い鉄の板で、相手の刀から自分の手を守る重要な役割を持っています。その鍔の部分で競(せ)り合う(闘争する)こと、つまりお互いに刀を打ち込んで鍔で受け止めたまま、押したり引いたりする激しい接近戦を「鍔ぜり合い」といい、非常に緊迫した攻防を意味しています。

例:国連の場で、両国は国境をめぐって激しい鍔ぜり合いを演じた。

 

切羽(せっぱ)詰まる

激しい闘いの中で、刀の「鍔」がぐらぐら動くのは非常に危険です。ですから楕円形の薄い金属板で、鍔を両側からしっかりと挟んであります。この小さな金属板のことを「切羽(せっぱ)」といいます。この切羽が詰まっていると鍔が動かなくなることから、何かに挟まれたり、追い詰められたりして、身動きがとれなくなることを「切羽詰まる」といいます。

例:人間は、切羽詰まると何をするか分からないものだ。

 

元の鞘(さや)に収まる

一旦、刀を抜いて戦い、その後闘いが終わって、刀を元の鞘に入れて納めることから、一度仲違いして別れたペアーが、また元に戻ることをいいます。

例:あの夫婦は離婚状態だったが、最近元の鞘に納まったらしい。

 

反(そ)りが合わない

西洋の剣は刀身がまっすぐな直刀(ちょくとう)ですが、日本刀は少し湾曲しています。それによって鞘から抜きやすい、より少ない力で相手を切ることができる、切り付けたとき手の衝撃を吸収する、などの効果があると言われています。刀を納める鞘は、当然その刀の反りに合わせて作られていますから、もし別の鞘に入れようとすると合わない道理です。そのことから、ある人と嗜好や性格、考え方などが合わないことをいいます。 

例:あの同僚とは、どうも反りが合わなくて困っている。

 

鞘(さや)当て

二人の武士が道ですれ違うときに、腰に差した刀の鞘が当たったと、その無礼をとがめて争うことから、ささいなことで対立することをいいます。また相手がどういう態度にでるか、軽く動いて様子をみるのも「鞘当て」です。

例:彼が反対意見を言ったのは、単なる鞘当てで、気にしなくてもいいよ。

 

付け焼き刃

質が悪くて切れ味のよくない刀に、後から鋭利な鋼(はがね)の刃を焼いてつけ足したもの。見た目には切れそうでも、実はもろくて、すぐに刃がはがれてしまう役に立たない刀のことで、今では、一時の間に合わせで身に付けた知識や技術をいいます。

例:彼は株のことをよく知っているようだが、あれはみんな付け焼き刃だよ。

 

抜き打ち

武士が鞘から刀を抜くのは、お互いが命をかけた闘いを始めるという合図でもあり、双方が抜かなければ闘いにならないのが普通です。しかし状況によっては、刀を抜くが早いか斬りつけることもあり、それを「抜き打ち」といいます。そのことから、予告しないで突然に何かを行うことを「抜き打ち」というようになりました。

例:検査官の抜き打ち検査によって、大量の麻薬の密輸が発覚した。

 

丸腰(まるごし)

武士は外出するとき、左腰に大小二本の刀を差すのが正式とされていました。したがって武器を持っていない状態、あるいは戦意をもっていないことを「丸腰」といいます。

例:警察は丸腰の犯人を射殺してしまった。

 

弓矢にまつわる表現

筈(はず)

矢の尖っていない手元の部分を筈(はず)といい、矢を射(い)る時は、筈に弓の弦(つる)をかけて射ます。筈と弦が合っていて射ることができるわけですから、そうなって当然であることを「筈(はず)」といいます。道理や予定・約束などから物事が必然的にそうなる、そうなるには理由がある、という時に使われます。

例:今日、彼は来る筈です。 / あの人がそんなことをする筈がない

 

手ぐすねを引く

弓の弦(つる)を強くするために、弦に薬を塗り込みました。その薬は松の脂(やに)と油を練って作ったもので、「薬煉(くすね)」といいます。戦闘の準備をするとき、弦にその薬煉を手で塗り込んだことから、十分に準備をしてチャンスがくるのを待つことを「手ぐすねを引く」といいます。

例:選手たちは練習を重ね、リベンジの機会を手ぐすね引いて待っていた。

 

白羽の矢がたつ

昔、神が供え物として少女を希望したとき、その少女の家の屋根に白羽の矢をたてた、という伝説から、多くの人の中から犠牲者として選ばれることをいいます。またある人物を特別の任務のために選ぶことを「白羽の矢をたてる」といいます。

例:A社との合併交渉の担当者として、Bさんに白羽の矢がたった

 

的(まと)を射た表現

矢を射るときの目標になるものを的(まと)といいます。「的中(てきちゅう)」とは「的に中(あた)る」ことです。たとえば、何かを説明したとき、その説明が非常に的確な時に使います。

例:無意味で無駄なことを「ブタに真珠」とは、まことに的を射た表現です。

 

矢継ぎ早(ばや)

矢を次から次へと、つがえて(弓の弦にかけて)射るように、休まずに続けて話したり、行動したりすることをいいます。

例:そんなに矢継ぎ早に質問されると、十分に答えられません。

 

二の矢が継げない

最初に射た矢(一の矢)に引き続いて二番目に射る矢、つまり「二の矢」を射ることができない、という意味で、続けて攻撃する手段・方法がなくなり、行き詰まってしまうことをいいます。

例:彼女の激しい反論に、彼は二の矢が継げなくなってしまった。

 

一矢(いっし)を報(むく)いる

相手の攻撃に対して、わずかでも反撃したり、仕返しをしたりすることを「一矢を報いる」といいます。状況を大きく変えるほどの大きい反撃ではないけれど、すこし(一矢)でも反撃をしておく、というときに使う言葉です。

例:このところ相手チームに負けてばかりいるが、今日こそは一矢を報いたい。

 

矢の催促(さいそく)

矢が続けざまに飛んでくるように、催促―借金などの取り立てや、返事等の要求―が続けてくることをいいます。

例:お金を借りたばかりなのに、相手から返せ、返せと矢の催促がきた。

 

矢も盾もたまらず

「ず」は「ない」の古い言い方で、何かをしたいという気持ちが強くなってがまんできず、矢でも盾(矢を防ぐもの)でも止められなくなることをいいます。

例:旅行に行きたいと思うと、矢も盾もたまらず、一週間の休暇をとってしまった。

 

相撲にまつわる表現

相手の土俵(どひょう)

「土俵」は相撲(すもう)をとる(戦う)場所のことで、固めた土の上に藁で直径5mの円を作ったもの。土俵の外に出たり、転んだりすると負けです。相手の土俵とは、サッカーのアウェイのように、自分にとって不利な場所や条件のことです。

例:今度の交渉では、絶対に相手の土俵で相撲をとるな、不利になるぞ!

 

寄り切る

強い力で相手を土俵の外に出すことから、一方的に相手を負けさせることをいいます。普通、受け身形で「寄り切られる」と使います。

例:自分の意見をいう余裕もなく、相手に寄り切られてしまった。

 

押しが強い

相手を土俵の外に押してだす力が強いことから、攻撃が激しかったり、自分の主張を通そうとする姿勢が強かったりする人のことをいいます。

例:あの人は押しが強いから、注意したほうがいいよ。

 

土俵を割る

土俵から外へ足を出してしまうことで、負けを意味しています。

例:相手の押しが強い(=攻撃が鋭い)ので、つい土俵を割ってしまった。

 

勇み足

相手を土俵の境まで追いつめながら、勢いあまって自分の方から先に足を踏み出して負けてしまうこと。調子づいて、やり過ぎたり、仕損じたりする意味で使われます。

例:交渉の場で余計なことを言って、勇み足を踏んでしまった。

 

揚げ足を取る

相手が技をかけようとして挙げた足を取って、倒すことです。相手の言い間違いや不注意な言葉について反論したり、からかったりすることを意味します。

例:さっきから人の揚げ足取りばかりしているけど、自分の意見はないの?

 

肩すかし

前に出て来る相手を、体を開いて避けること。向かってくる相手の勢いを受けないで上手にかわすことをいいます。

例:反対意見を言おうとしたら、話題を変えられて、肩すかしを喰ってしまった。

 

仕切り直し

二人の力士が互いに呼吸を合わせて闘いの準備をすることを「仕切り」といいます。その仕切りがうまくいかず、やり直すこと、物事を始めからやり直すことをいいます。

例:双方の話し合いの決着がつかず、後日、仕切り直しをすることになった。

 

脇が甘い

腕を体にしっかり付けないと、相手に手を入れられ、まわし(布の太いベルト)をつかまれて不利になります。準備や守備が不十分で、相手に狙われやすいことをいいます。

例:君の意見は脇が甘すぎる。それじゃ人から簡単に不備を突かれてしまうよ。

 

ここで紹介したのは、伝統的な武道からきたもので、日本人が日常よく使う言葉です。このような言葉は、これ以外にも数限りなくあって、武道が人々の生活の中にまで深く根を下ろしていたことを示す証拠とも言えるでしょう。みなさんもTCJで日本語を勉強しながら、このような言葉を使えるようになると、ほんものだ、と言われるでしょう。

 

この記事の筆者
日本語教師
MoritaRokuro
プライベート・レッスン講師。出版社で雑誌・単行本・辞書編集などを担当した後、中国・北京の大学で12年、日本語・日本文化・剣道を教える。帰国後は、東京中央日本語学院で日本語講師。趣味は音楽、剣道(教士七段)。著書に『北京で二刀流』(現代書館)、『日本人の心がわかる日本語』(アスク出版)など。

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